モンブラン 左右技 楽しい門人

2019.03.04 Monday 12:40
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    美味しいモンブランをいただきました!



    何故か?サーファー人形が左右技。




    人形の臍下の一点を確認しながら、




    「お〜!素晴らしい!統一体だ」




    臍下の一点から上腕部の力を抜き、




    上半身はリラックスして、





    恩賜の御意!




    「えい!」



    category:合氣道とサーフィン | by:道場長 | - | -

    サーフィンと天地の氣に合するの道 其の二「友から門人へ」

    2019.01.20 Sunday 09:04
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      前号からの続き

       

      2019年1月15日から始まったNAO とKちゃんと私の合氣道特別稽古です。


      まずは合氣道を習う意味をしっかり伝えました。


      これは非常に重要なことで、この部分のボタンの掛け違いが後に大きなズレを生じさせてしまうからです。


      合氣道を習うきっかけは人それぞれですが、目指すところは一つしかありません。

       

      藤平光一先生が説く「座右の銘」


      万有を愛護し万物を育成する天地の心を以て我が心としよう

      心身を統一し、天地と一体となることが我が修行の眼目である


      心身統一の四大原則

      一、臍下の一点に心を静め統一する

       

      二、全身の力を完全に抜く

       

      三、身体の全ての部分の重みをその最下部に置く

       

      四、氣をだす

       



      私達の生命も天地の氣より生じたのである。


      一瞬聞くと何だか宗教的?


      合氣道という一つの武道とはかけ離れた感じがあるかもわかりませんが、決してそうではありません。


      私は宗教家ではありませんし、そういうものには一切興味はありません。


      もし、合氣道が宗教なら私は絶対に合氣道はしていません。

       

      私達はどのようにして生まれてきたのか?


      父と母の精子と卵子の結合。


      そこまでは説明がつきますが、ではその前は?と聞かれると、そこから先は説明がつかなくなります。


      生まれたての赤ちゃんがそのような機能を有しているはずがありません。


      大人になるにつれ、そのような機能が備わってきます。


      太陽も現在燃えていますが、燃えはじめがあったはず。


      数字の1を1/2にしても0にならないように、その何もないが何かあった状態。


      この無限に小なるものの無限の集まりを称して「氣」といいます。

       

      そう考えれば、私たちの生命も肉体も天地の氣より生じたと考えられます。


      私達人間だけでなく、動物や魚、虫、石ころ、土、草木これら全て同胞です。


      これが万有愛護であり、これらを私達の住む地球もっといえば大宇宙にとって、もっと良くなるようにしていこうというのが、万物育成です。

       

      私達同胞は皆、天地の一部であります。


      天地というのは、今現在目の前に広がっている景色、自然、大空、海、山、地球全てを含む大宇宙のことでありますので、私達は本来、天地と一体になっているのが当たり前であるにも関わらず、つい私達は天地を忘れ自分勝手、自分の力で生きていると思っています。

       

      私達は天地に生かされています。


      ですので、天地に感謝し天地と一体にならねばなりません。


      天地と一体になるには、心身を統一しなければならない。


      その天地と一体となる方法が、心身統一の四大原則です。


      一、四は心の法則であり、

      二、三は身体の法則です。

       

      古来、心身統一は非常に難しい事とされておりましたが、藤平光一先生が一生涯をかけられて説かれたのがこの原則です。

       

      藤平光一先生は人間は本来、心と身体が一つであるのが当たり前で、元々一つのものを一つにするのは難しい事ではない。


      この四大原則は四つを同時に全て行わないといけないのではなく、一つが出来ていれば、全てが出来ており、一つが出来てなければ全てが出来てないと説明されています。

       

      実際にこれを実行すれば誰でもわかりますし、出来ない人は誰もいません。


      今、私達は何の苦労もなく修行出来ることに感謝しなければいけません!



       

      今までKちゃんとNAO が、静座して私の話を聴いたことなど一度もありませんでしたが、稽古を始めてからは、きちんと静座で聴いています。

       

      最初は二人とも背中が曲がり、仙骨が曲がっていましたが、正しい静座の統一を教えてからは統一体で座っています。


      しかしながら時々、私の方が二人の真剣な顔を見ながら話していると可笑しくなってきます。

       

      今までNAO の超真剣な顔を見たことがありませんが、それほどに今回の稽古には真剣に取り組んでいる証拠でしょうね!


      "心が身体を動かしている"んですね。

       

      思えばNAO もオモシロイ人です!


      初めて出逢ったバリで彼女たち一行が、帰国で空港まで見送りに行った時に、


      「じゃあ、また来年ここで会いましょう!」


      「うん!絶対にね!また良い波乗ろうね!」


      お互いこんな感じの別れ方なので、もしかしたら、もう会わないかもしれないのですが、本当に翌年同じ場所で再会しました。

       

      "別に約束した訳ではないけれども、海に行ったら会う。"


      "そこに行けば居る"っていうのがサーファーという人種なのです!

       

      バリでの再会は後に重大な"ある事件"を引き起こしてしまうのでした。

       

      私は毎年の決まった行事のように四月初旬にバリに向け出国していました。

       

      今は知りませんが、当時はゴールデンウィーク前の四月初旬がバリへのチケットが一年で一番安かったからです。

       

      その年も何ら、かわりなく四、五人の仲間とバリへ。


      またいつものように一週間で友人は帰国し、またいつものように一人でバリとサーフィンを満喫していました。

       

      一人というのが結構楽しいんです!

       

      もう何十回とバリに行っているので、現地にも知り合いや友人がいるというのもありますが、大勢より一人だと色んな出逢いがあるのです。

       

      ほんとに十九回のバリ渡航で沢山の人と知り合えました。貴重な思い出です。

       


      ある日の夜のことでした。


      いつも屋台で安くて旨いナシゴレンを食べていましたので、

      たまにはレストランにでも出かけて、

      ビンタン(ビール)とナシゴレン(インドネシアの焼き飯)、

      サテアヤム(鳥の串焼き)でも食べよかな?


      もちろん一人ですがね。

       

      バリインダーというレストランに出かけて上記の品を注文して料理が出てくるまでがとにかく遅い!


      「ビール温くなるやん」一人だし手持ち無沙汰でとても長く感じてました。

       

      それを見て氣の毒に思ったのか?


      レストランのスタッフが「マジック?マジック?オモシロイ!ヤル?タノシイヨ!」


      しつこい位に誘ってきます。


      伊達に数十回バリに行ってないので、


      「そのくらいの会話ならバリ語で出来るわい」


      しつこく誘ってくるので、


      一人だし「まあええか?」と誘われるまま店の隅のカーテンの奥に入っていくと、

      「アブラカダブラ」と言いながら一人のお婆さんが寄ってきて、


      いきなり顔を墨のようなもので真っ黒に塗られた!


      これで願い事が叶うんだ!というものらしい。


      もしかして、ブラックマジックかホワイトマジックか?

       

      バリには確かにこのマジックが存在した。


      私はホワイトマジックは経験したことがあるが、このレストランのようなものではなかった。


      そのとおり、単なるお遊びだった!


      でも、困ったぞ!


      洗ってもすぐには取れないらしいではないか?

       

      仕方なく、真っ黒な顔で一人飯をしていると、


      日焼けしていない女性四人が店に入って来て、


      私の席の反対側の隅の席に座っていた。

      バリで日焼けしていない人は凄く目立つ!


      今日か昨日、着いたんだろうな?


      そのうち、真っ黒に日焼けするんだろうな?

       

      それにしても、聞いたことのある笑い声だな!


      あの独特の、かん高い大きな笑い声は


      私の潜在意識に深く入っていました!


      独特の笑い声の出力先はやはりNAO だった!


      「NAO ちゃんでしょ?」

      「また、逢えたね!」

       

      「えっ!誰?」

       

      「忘れたん?オレ」

       

      「えっ!もしかして!隊長!」

      「なんで〜!どーした!その顔?」

       

      「いつバリに着たの?」

       

      「さっき着いたの」「隊長は?」

       

      「二週間前」

       

      二度目の再会でした!

       

       

      前回のメンバーたちと握手をし、


      初めて会う彼女の友人も紹介してもらい、

      明日の朝クタリーフで会う約束をして、


      楽しい夕食を過ごさせてもらいました!


       

      今になって思えば、


      一人ではめったに行かない一人飯に、


      この日、


      この時刻に、


      この店に行った私と、



      この日の夜にバリに入国し、


      ホテルのチェックインを済ませ、


      日本円をルピアにマネーチェンジし、


      この日、


      この時刻に、


      この店に来た彼女は、


      この店に導かれ


      "会わなければならなかった運命"


      なのかな?


      と少し大袈裟ですが思っています。


      何故なら、


      この二度目の再会がなければ、


      私とNAO が合氣道の稽古をする事など絶対にありえません。


      もっと言うなら、


      この日の十数年前のKちゃんとの出逢いがなければ、


      絶対にありえない!

       


      それから数日が過ぎ、彼女の友人が


      「ねぇ、隊長、バリへのチケットって最大で三週間じゃなかった?」


      今は知りませんが、確かに当時はそうでした。

       

      「どうやって?二ヶ月も滞在出来るんですか?」


      最大で二ヶ月は観光で滞在可能でした。


      もし、それ以上居たかったら、


      一旦出国してシンガポールに一日でも入国し、バリに再入国すれば可能でした。


      イミグレーションで色々面倒でしょうけどね!


      「二泊三日の一番安いチケットでバリに入国し、帰りのチケットを捨てて、


      現地で日本に帰る片道のチケット買えば二ヶ月滞在出来るんだよ!」


      「へぇ〜そんな裏技があるんだ!」

       

      彼女ら一行の滞在期間二週間の残り二、三日になった頃、


      NAO の様子がどこかオカシイ?


      とにかく、


      陽氣で、


      かん高く、


      どこまでも通るような大きな笑い声が聞けない。


      彼女が何やら考え込んでいるではないか?

       

      いつものクタリーフでのサーフィン後の昼食中に


      「私もあと一ヶ月バリに居ようかな?帰りたくないよ!」


      と言い出し皆を困らせていました。

       

      数日前に私が皆の前で帰りのチケットを破った姿がとても印象的だったらしい。

       

      そして"事件が起こった"


      彼女ら一行が帰国する夜、空港に見送りに行ったときだった。

       

      彼女の友人たちが困り果てておるではないか?


      「隊長!どうにかして!帰るように説得して!」


      NAO は帰らないの一点張りでした。


      友人たちは「あんた馬鹿じゃないの?どうにかしてるよ!」


      「ふざけんな!ほんとにそれでいいの?」

       

      言われるのも無理はない、


      NAO が一番年下で


      "甘えん坊"で


      "少し優柔不断"な


      後輩が心配でならなかったんだろう!

       

      そして、


      ついに


      やってしまいました。


      「私帰らない!


      そう決めたの!


      隊長とあと一ヶ月バリに居る!」


      大切な帰りのチケットを私たちの目の前で破ってゴミ箱に捨ててしまいました!

       

      その後、ホテルに帰り自宅に電話をさせ、


      NAO のお母様に「帰国まで責任もって面倒見ます」とお約束させて頂きました。


      とても寛大なお母様で


      「NAO の決めたことでしたら、私はあの子を信じてます!どうか宜しく面倒見てやって下さい。」

       

      成田に帰国後、


      藤沢の自宅まで送っていって、


      お母様とお会いしました。


      「遠路遥々、大変お疲れのところ、


      自宅まで送って頂いて、どうもありがとうございました。」


      深々と頭を下げられ


      「この子を嫁に貰ってやって下さい」(笑) とも言われました。

       

      二年前に他界されたそうです。

       

      当時、二十か二十二、三歳のNAO でした。

       

       

      そんな、NAO に


      1/19上沢道場稽古後の、


      夜稽古でいつもの


      「隊長」


      から初めて


      「先生」


      と呼ばれました。

       

      寺崎道場 末席に


      NAO という


      門人が新たに


      加わりました。

       

       

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      サーフィンと天地の氣に合するの道 其の一「出逢い」

      2019.01.18 Friday 06:43
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        神々の島での出逢い

         

        2019年新年を迎えてまもなく一通のe-mail が届いた。


        「今時、e-mail ? LINE じゃなくて?」


        と思われるかも知れませんが、


        メッセージの送り主と届け先(私)は


        約五年位会っておらず、


        数年に一度、互いに近況を連絡し合う程度の友人です。


        恥ずかしながら、私がスマホというものを手に入れラインをはじめたのも、


        つい最近のことでありますので。



        その友人は"NAO"という四十代の女性で、


        神奈川県藤沢市在住の現役サーファーです。


        「隊長!(何故か彼女は私の事を隊長と呼ぶ)明けましておめでとうございます。


        今年も宜しくお願いいたします。


        時折、合氣道寺崎道場ホームページ拝見させていただいてます。


        以前、私に教えてくれた二つの事


        "心が身体を動かすんだ。


        だから心は積極的に使え。"


        もう一つは、


        "身体の全ての部分の重みを最下部に置き、


        臍の下の一点から動き、またその場所に心を静めてリラックスするんだ"


        この教えを日常生活にサーフィンに実行し、


        日常において、まだまだ私にも"のびしろ"がある事に氣付き、


        サーフィンもおばさんレベルだけど、どんどん上達しました。


        "もっと深くこの道を学びたい!"と


        昨年辺りからずっと思ってて...


        確かに近くにもいくつかの道場があるにはあるけどね。


        同じ習うんだったら


        "やっぱ、そりゃ当然、隊長でしょ!"


        "でも藤沢と神戸って遠いんだよな?"


        なんて思ってた。


        昨年の秋にね、


        隊長覚えてますか?


        三十数年前にバリ島で出会った


        "Kさん"から


        "ねえNAO 一緒にさぁ、合氣道習わない?


        私もNAO もやった方が良いよ!


        うちの近くに道場あるからさぁ、


        やろうよ?"って言われたの。


        もう私びっくりしちゃて!


        あの"Kさん"だよ?


        あの人だけはそんなの絶対ヤダっていうタイプなのにね!


        "丁度、私も習いたかったの。


        でも私が習いたい合氣道は神戸にあるの"


        Kさんが"神戸?何でそんなに遠くまで?"



        で隊長の事を話したの。


        "あっそうなんだ。


        懐かしいね!合氣道の師範なんだ。"


        数日たってKさんから


        "NAO 神戸に合氣道習いに行こうよ!


        だってさ、


        一番最初に出会ったその道の師範を我が師匠としなさい!


        って旦那様に言われたの。


        出会った時は合氣道の師範ではなかったけれど、


        その人が現在、


        合氣道の師範なら私の師匠はその人だよ!


        だから連絡とって!お願い!"って。



        "私は、もし習うなら隊長以外にないってずっと思ってたし、


        Kさんとの思いも一致したし、思いきってお願いしてみよう!


        断られたらどうしよう?凹むだろうな"


        でも"心は積極的に使え"って隊長に教わっていたので、


        勝手言って申し訳ありませんが、


        私たちに合氣道を教えて下さい。


        宜しくお願いいたします。」



        という内容でした。



         

        私もお断りする理由は全くなく、


        日程を調整して今月末まで二人の特別稽古を行っています。


        とはいえ、


        お弟子さんの通常稽古も休むわけにはいかないので、


        朝から深夜まで私はフル稼働でございます。

         


        「Kちゃんとの出逢い」


        たしか1982年辺りだったと記憶しています。


        その頃の私は、


        年に一度二ヶ月間インドネシア バリ島に行き


        現地の民芸品やバリファッション、雑貨等の企画、受注、商品化、


        日本に持ち帰ってエスニック小売店に卸す仕事をサイドビジネスとしていました。


        本業は会社員でございました。


        当時はバリ島ブームのはしりでしたので。


        それなりに儲かりました。


        バリでの仕事といっても


        二ヶ月のうちの一週間程度のもので、


        商品が出来上がるまではサーフィン三昧なんです。



        そんなときに、


        たまたま成田発デンパサール行きガルーダ・インドネシア航空の


        機内で出逢い、


        宿泊先のホテルまで一緒でした。


        たまたまです。


        私たちの一行は男ばかりの四名、


        彼女たちの一行は八名位だったかな?


        仕事で来ていました。 


        当然、私たちの一行も二ヶ月もの間、


        滞在するのは私だけで、友人は一週間で帰国します。


        彼女たちの一行も一週間で仕事を終え、帰国しましたが、


        Kちゃんだけはその後二週間滞在していました。


        たまたまです。


        皆を空港まで送って翌朝、


        ホテルの朝食で互いの姿を見たときは


        お互いに大変驚いたことを覚えています。


        それ以降は、


        お互いに一人なので一人より一緒に


        ご飯も食べたほうが美味しいし、


        観光とか、彼女はサーファーではなかったけれど


        ビーチに行ったり沖合い1km位のアウターリーフに


        アウトリガーカヌーで沖まで連れていってもらいサーフィンしたり、


        色々な話をして友達になりました。



        その後、


        彼女は私より先に日本に帰国し、


        彼女の住む東京や私の住む神戸で


        二、三度会う機会がありましたが、


        その後はプッツリ縁が途切れ


        三十数年以来逢うことはありませんでした。

         



        「NAO との出逢い」


        Kちゃんとの出逢いから十数年後、


        私が三十歳を少し過ぎた頃だったと記憶しています。


        当時の私のライフスタイルは、


        何も変わらず年に一度二ヶ月のバリ島でした。


        毎年繰り返される四月頃に仲間とバリ島に入国し、


        仲間は一週間で帰国する。


        その後は


        一人でバリ島とサーフィンを満喫する


        というルーティンの最中で


        NAO との出逢いがありました。


         

        毎日、一人で"クタリーフ"という


        沖合い1km 位のアウターリーフで


        サーフィンをするのが日課でしたが、


        カヌーに乗って沖まで連れていってもらうと楽で良いのですが、


        毎日ともなるといくら物価が安いバリとは言うものの、


        かなりの出費です。


        そのため、


        節約して片道約三十分位かけて


        パドリング(自力で漕ぐ)でアウターリーフのポイントまで行ってました。



        そこで、毎日逢うのが


        NAO 達三人組のレディースサーファーで、


        パドリングでポイントまでの行き帰りの私を


        カヌーに乗せてくれた心優しいサーファーでした。


        あっという間に親しくなり、


        その頃から彼女たちは私の事を"隊長"と呼んでいます。


        バリでの色々な話のなかで、


        自分のライフスタイルを話していると、


        何やらNAO が不思議そうに私を見ていたのが今でもはっきりと覚えています。


        というのも、KちゃんとNAO は友人だったからでした!


        「隊長、もしかしてKさんとバリで逢ってませんか?」


        十数年前にKちゃんに私の話を沢山聞かされたそうでした!


        なんという巡り合わせでしょうね?


        縁って!凄いですよね!

         


        NAO とはその後も数回、


        バリ、モルディブ、国内を共にサーフィンした友人です。

         

        続きは次号に。

         

        category:合氣道とサーフィン | by:道場長 | - | -

        あれから20年

        2015.01.17 Saturday 18:57
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          未曾有の大災害「阪神淡路大震災」から今日で20年経ちました。

          ここ一週間ほど前から連日、私の自宅周辺でもテレビの取材が目立ちました。

          今日も「あの日」と同じように生中継によるヘリが朝から絶え間なく上空を飛び交ってます。

          1995年1月17日の前日は私は友人と兵庫県のアルペンスキー場へスノーボードをしていて、兵庫の雪山特有の大渋滞で自宅に着いたのは確か夜中の1時位でした。とりあえず風呂に入り布団に入ったのが2時位だったでしょうか。

          「クラックラッ」とした揺れに目が覚めました。「ん?地震か?」次の瞬間、「ドォ〜ン」という何とも表現しがたい

          地の底から透き通るような音は今でも「はっきり覚えています」「近くに大型トラックか何かが何処かに突っ込んだか?」と寝起きの「ぼや〜」とした状態で思ったとたん、「激しい縦揺れ」飛び起きたが坐るのがやっとで次の「横揺れ」では

          「これは家が潰れるな」と思いました。タンスから机から椅子からテレビ、オーディオから何から何まで倒れている。

          幸い私の上には何も飛んではこなかったが、1階で寝ていた母が氣になり揺れが収まるのを待って階段を下りると

          母の頭から数十センチのところにテレビが転がっていた。「もしテレビが母の頭に当たっていると」と思うと未だに「ぞっと」します。幸いにも母にも怪我はありませんでした。周辺のガス管が破裂して「とにかくガス臭い」ので、散乱した物をかき分け着の身着のまま気温2℃のなか外へ出ると近所の人が次々と出てこられてました。そこらじゅうの道のアスファルトに亀裂が入って裂けている。

          とにかく情報が無いので「神戸でこの揺れだったら日本沈没か?」と思いましたね。なにしろ神戸にこんな酷い地震が来るなんて思ってもいなかったし、誰からも聞いたことも無かった。

          後に「淡路島北部沖を震源とするマグネチュード7.3の直下型地震」と分かった。

          幸いにも私たちの周辺は商店街だった為、皆が食べ物を持ち寄り、電気の復旧も早く1ヶ月程の避難生活で済みました。

          自宅は半壊。ただ水道、ガスの復旧は遅かったので風呂にも入れず自衛隊からの配給の水を貯めておいて寒い中に身体にかけて洗いました。

          当時、姫路のスーパー銭湯に行くのが唯一の楽しみでした。母を連れ、また友人達と「馬鹿話をしながら」入る風呂の時だけ

          「笑える」瞬間でした。


          震災から日が経つにつれ仲間の音信が届き始め、一人のサーフィン仲間が自宅が全壊し亡くなったと聞きました。

          「彼の東灘区の自宅まで行ってみよう」と倒れた高速道路の下をぬうように友人達と車で向いましたが、とうとう家にはたどり着けませんでした。

          サーフィンが大好きなとても元氣の良い私より2つ程年上の人でした。

          当時、医療関係の会社員だった私と扱うものは違うにせよ同じ医療関係の会社に勤めていた彼とは仕事中にも良く顔を合わし、

          同じ医院を訪問したり、「こんど○○医院の受付の女の子達とコンパするけど、一緒にどお?」などとサーフィン以外にも関わりがありました。


          そんな彼の大好きだった四国の「あるリーフポイント」(海底が岩や珊瑚でできているサーフポイント)に仲間達と花を捧げ黙祷しました。また同じ所属のサーフショップのサーフィン大会では私が大会のDJになり「○○さんのご冥福を心からお祈りし黙祷」しました。

          当時、三十代の彼と彼女とは結婚が近いと聞いていました。「夢半ばでもっと良い波に沢山乗りたかっただろう?」

          「もっといろんな所に旅もしたかっただろう?」「もっと大好きな四国のリーフポイントでサーフィンしたかっただろう?」

          無念だっただろうと思います。

          「あの世にも海があって波があってサーフィンできるとしたら、きっと笑顔で波乗りしているんだろうな?」

          「たくさん、たくさん腹いっぱい波乗りしているんだろうな?」「ええ!波や!」と言って。


          2015年1月17日 午前5時46分。彼の自宅があった東方面へ手を合わせ黙祷しました。

          category:合氣道とサーフィン | by:道場長 | - | -

          ワクワク、ソワソワな一日

          2014.12.17 Wednesday 19:23
          0
            12/17 水曜日 10:00〜12:00
            合氣道琴心館 本部道場 水曜朝稽古

            琴地館長ご指導による稽古

            爆弾低気圧の影響でほんとに寒い一日でした。風も非常に強く、今日は必ずこの近くの海も波がある事は朝家を出た時から確信していた。普段はこの時期はお仕事の為、朝稽古に来れないはずの明石市で釣船を営む心優しき道友のM本さんから「今日は稽古行くで〜?」の早朝のメールからも「あっ海が時化て波があるから仕事休みで合氣道やな!」これは間違いなく波がある!
            わくわくしながら車を
            国道2号線を西へ走らせ明石市の合氣道琴心館本部道場の朝稽古に向かった。
            須磨周辺は南西の強い風で波が立つので、この時期は無いが西よりの風波のうねりが遥か沖で白波を立てている。
            サーファーというのは不思議な生き物で今ここで波があっても海へ入ることは出来ない。これから合氣道の稽古ですから。
            ましてやこの様な風と気温3℃の状況でいい大人がサーフィンをするのは自殺行為だ。あっという間に流され行方不明。
            もちろん海へ入る氣など無い。分かってはいるが、波を見るだけでワクワクソワソワするのがサーファーという生き物。
            当然カーステレオの選曲も大切だ。この雰囲氣にあう曲はR.E.M.の1994年のアルバムOut of Timeをセット。


            20年前にリリースされたこのアルバムの想い出は当時、サーフィンが生活の一部という位のサーフィン馬鹿な私達は、
            週末は必ず、太平洋だったら四国か時期によっては鳥取などの日本海へ。
            連休などは四万十や宮崎。東方面では友人を訪ねて湘南まで。大型連休や平日に有給をとって(当時はサラリーマンだったかな?)沖縄や奄美など国内の離島へ。海外ではバリ、ハワイ、モルディブ、台湾、メキシコ、ニュージーランド、オーストラリアなど。(一部地域は私は行っていない)などへ旅に出ていた。
            その頃、ある友人が「日本国内にももっと良い所がたくさんある。今度は何年かかけて日本全国を旅しよう!」との提案に全員大賛成!茨城、千葉、湘南、伊豆、浜松、伊良湖、島根、鳥取、四国、宮崎、福岡、
            種子島、奄美大島、沖縄など。

            塩屋あたりの海岸線はまだ波が無いが、舞子辺り丁度、明石大橋の辺りから海が急変している!
            予想通り!強い西風で波が立つ海岸線が明石市まで続く。
            琴心館合氣道は「臍下の一点に心を静め天地と一体となることが修行の眼目」その通り
            臍下の一点に心を静め車を走らせていると天地が「思う存分、運転に氣をつけながら海を見なさい」と言わんばかりに前を走っているトラックは40キロ位の
            ノロノロ運転。天地も私に味方をしてくれるなら心強いから一瞬見える海に氣を向けた某河口に、
            波が炸裂していた!「うわぁ!オーバーヘッドはあるやん!」「十分乗れるで〜」とテンションもピークにさしかかった頃、
            Losing My Religionがカーステレオから流れてきた。
            そこから国道は海と離れるため見る事が出来ない。
            道場までの残りわずかな道のりでふと数年前の出来事を思い出した。
            それは、合氣道を始めて数ヶ月の頃に今日と同じように道場までの道のりを運転していた南西風が強く吹く夏のある日、須磨浦公園の付近の海がうねっていた。この辺一帯の「ある場所の河口でサーフィンが出来る」色々考えながら垂水まで車を走らせ垂水の某河口の橋の上から海をチェックするとレフトウェーブが河の中まで続いているのを見たとたん、「今日は稽古は止めて波乗りだ」大急ぎで自宅まで車を走らせロングボードとスタンドアップパドルボードとウェットスーツを車に積み込み自宅の駐車場を出たとたん、風がピタリと止んだ。「うそやろ!」「頼む!吹いてくれ!」
            この辺の瀬戸内海は太平洋とは違い、うねりではなく所詮、風波。風が止んだとたんに波も消える。
            案の定、さっきまであった波は嘘のように無く、湖状態。「さあ、どうしよう」ここであきらめて稽古に行けば良いのに、往生際が悪いのがサーファーという生き物。もしもの時の為に積んであったスタンドアップパドルボードを頼りに林崎まで走らせた、丁度、大潮だったのでもしかしたら潮が引けば少しは波が出るかも。何とか膝下位は波があるのでスタンドアップパドルボードで1時間ほどのサーフィング。お疲れまさでした。

            今日の稽古は、胸突き小手おろし、短刀取り胸突き小手おろし、坐技半立ち胸突き小手おろし、坐技胸突き小手おろし、呼吸動作、静坐の統一、
            呼吸法。今日の道場は当然のことながら非常に寒かったので琴地先生「暖まるまで何回でもやれ!」休む間も無しに若い30代の道友相手に
            さすがに疲れました!疲れるほど稽古したのは何か久しぶりのような氣がしました。

            ワクワク、ソワソワ氣持の良い一日でした!



             
            category:合氣道とサーフィン | by:道場長 | - | -

            強く念ずる事は必ず実現する

            2014.11.19 Wednesday 18:48
            0
              11/19 水曜日 10:00〜12:00
              合氣道琴心館 本部道場 水曜朝稽古

              琴地館長ご指導による稽古
              柔軟体操、前回り受身、後ろ回り受身、膝行。

              片手交差取り小手おろしをパーツに分けての詳細部分の反復練習。
              小手おろし〜二種類の固め技です。
              今日の課題は「相手の小手をどれだけ軽く持つか」。
              解ってはいるけれど、ついつい小手を持った手と上から被せる手に力が入ってしまいがちです。
              合氣道の永遠のテーマ「どれだけ力を抜くか?」
              サーフィンの永遠のテーマ「パドリング」
              なんのこっちゃ!でも似てます。行き着くことの無い永遠の課題ですね!
              KEEP SURFING!
              ワイキキ?、バリ?、モルディブ?、いや贅沢は言いません、

              宮崎で良い、四万十でも、奄美なら尚良い。いつの事やら?
              「強く念ずる事は必ず実現する」ので強く念じます。
              これは単に想像だけでは駄目だそうです。例えば、匂いであるとか、手触りであるとか。
              そういうところまで念ずるそうです。なので、詳細はこうです。
              「家族で関西国際空港11:00発ガルーダインドネシア航空で17:10無事にバリ デンパサール空港に着く。
              十年ぶりにワイヤンが迎えに来てくれて、久々の再会。家族を紹介して
              スミニャックのホテルにチェックイン。
              翌日には昔のサーフィン仲間と合流の予定。久々の夜のクタの街に繰り出す。
              季節は雨季から乾季への変わり目で、スコールが降った後で路面の水溜りを避けるように歩くと、
              特有のじと〜っとした蒸し暑い空氣と物売りがまとわり着いてくる。
              「タバコは嫌いだがガラムの匂いなら」っと思っていたがやはりガラムでも臭かった。
              「よくこんなタバコを昔はおみやげに何カートンも買っていたな?」などと思いながらやっとのことで
              レストラン バリインダー(ってまだあるのかな?)に到着。
              ナシゴレンとミーゴレン、サテ、ピサンゴレンにビンタン!
              翌朝はホテルの朝食を採らずにわざわざクタ ハーフウェイのレストラン ツリーハウス(まだあるのかな?)で
              ラッシーとバナナハニージャッフル、ハムエッグジャッフル。天井にはゲッコー。
              久々の波乗りはクタリーフで頭位のファンウェイブ。
              逸る心を落ち着け「臍下の一点」と一言。「安定打坐」
              日本から持参したソウルライダース9"のロングボードにワックスオン。
              久々に嗅ぐセックスワックスの香り。嫁はVボードのボディボード、長女はローカルモーションの7"のファンボード、
              次女はCHPのショートボード。オーバヘッドの2本目のセットをゲット。
              テイクオフからゆったりと波の鼓動を足裏で感じるようにバックサイド。途中二つの掘れるセクションを抜けると
              少しだけレギュラーの波に乗れた。すなわち「ケツの毛」まで乗れた。サイコー!
              久々のカヌーも最高!
              海から上がってワロンでナシチャンプルー。物売りのガデとこれまた久々の再会。その後ワイヤンの家族と再会。
              夜の友人の到着までホテルで家族の会話が始まった」なんだかとんでもない事になってきた・・・

              現実に戻ります。
              居残り稽古でS島君二級昇級審査への後ろ手首取り前方投げ、後ろ手首取り首締め三教、両手取り天地投げ、後ろ取り呼吸投げ、片手取り両手持ち呼吸投げ円運動。
              名付けて「S島三教」しっかり効いてましたよ!

               
              category:合氣道とサーフィン | by:道場長 | - | -

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