スポンサーサイト

2019.05.15 Wednesday
0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    category:- | by:スポンサードリンク | - | -

    ウサギとカメ

    2014.12.26 Friday 19:21
    0
      合氣道琴心館の26年度稽古納め。私の道場も残すところ12月27日の兵庫キャナル道場での合同稽古で稽古納めとなりました。今年はほんとに色々ありました。師匠である冨山先生から後を任された加古川道場の指導から始まり、
      第18回兵庫県合氣道連盟 演武大会で初めての指導部一部での一番目での演武は受けだけでしたが、とても良い経験をさせて頂きました。第17回演武大会の時に指導部の方々の演武を見ていて「いつか自分もこの舞台で演武がしてみたい」
      「絶対にここで演武する」と強く心に念じ見ていた事を昨日のように思います。
      やはり指導部での演武は一般の演武とは空氣感、緊張感が違いますから。
      琴地先生から「一番目に行くからな」と言われた時は正直足が震えました。
      「強く念じた事は必ず実現する」とは本当だなと思いました。さあ大変なのはこれからでした。
      例え受けだけといえども指導部一番目の演武ですから下手な受けは出来ません。
      ここでズッコケル様な事があれば第18回演武大会を台無しにしてしまう。
      そんな事をしてしまえば琴地先生、大先輩の方々に何を言われるか分からない。
      まだ演武大会まで約1ヶ月以上あるとはいえ相当なプレッシャーが襲ってきました。
      技は第六体技 後ろ技
      1.後ろ取り呼吸投げ(前方投げ)
      2.後ろ手首取り呼吸投げ(裏返し)
      3.後ろ手首取り呼吸投げ(前方投げ)
      4.後ろ手首取り小手返し(反対転換)
      5.後ろ手首取り一教
      6.後ろ手首取り三教投げ

      投げは大先輩のM久田さんです。「この技は受けが難しい」「しっかり受けの練習をしろ」「受けが上手くなれば投げも上手になる」と琴地先生はおっしゃられました。
      この日からM久田さんと猛練習が始まり、通常の二時間の稽古後にただひたすら受けをしました。
      心優しいM久田さんは私に氣を使ってくださり「あなたも投げをしなさい」といつもおっしゃられましたが、
      「ありがとうございます。受けをさせて下さい」と琴地先生のお言葉通り受けに徹しました。
      何回も何回も繰り返し相当な数の受けをしました。一人の時はM久田さんとの間合いを想定し実際にM久田さんの右手があるものと思いその手を取りに行き前受身をとってました。
      それでも二時間稽古の中での練習の時、「そんな受身しかとれないのか?」「もっと力を抜け」「それが限界か?」と何度も琴地先生から言われました。
      今になって自信を持って言える事は「受けをとった分だけその技は忘れない」という事です。
      投げが上手になったとは自分では思ってませんが、この第六体技は今でも忘れていません。
      M久田さんが右手を出して私を導いてくれる姿をこの技をする度に思い出します。
      そしていよいよ演武大会当日を迎え、やはりかなりの緊張感が襲ってきました。「来るだろうな」とは思っていましたが。
      そこでリラックス運動(手首振り技)をして出番まで静かに臍下の一点に心を静め坐って待ちました。
      すると思った以上に緊張しない。演武中も舞い上がってしまうことなく、M久田さんからは「一教の時の手の肌触りが今迄で一番柔らかかった。それで私もリラックスしようと思ったよ」と言われました。
      下手くそな受けだったかもしれませんが、その時の自分に出来る精一杯の受けをしたと思っています。
      がしかし、後でビデオを見た時は「何この受け」「はずかしい〜」と思いましたね。
      やはり手首振り技も臍下の一点に心を静めることも効果があるんだなと思い、今では自信を持ってその事を指導できます。
      なにしろ受けの練習もそうですが、体験談ですから。
      そして、この演武大会では一般の部で第二体技の片手取り両手持ち、子ども相手に三回と計五回の演武をし、忘れることの出来ない演武大会になりました。

      演武大会が終わって五月に入り長田区淨行寺の本堂をお借りして淨行寺道場を開設、
      その他の私の指導する教室、道場にも新たな子ども達が入門し、夏の集中稽古、九月には兵庫キャナル道場を立ち上げ、
      十月の琴心館本部での昇段審査でF原さん初段昇段、冨山先生、心優しき分かり合える素晴しい道友、新しく入門された方々とのご縁などいろんな事がありました。

      そして、先日「まだまだ自分は修行が足りない!こんなにも心が弱かったかな」という出来事が12月21日の日曜日にありました。
      氣圧手当てを勉強中でして当然のことながら、練習すればするほど疑問点も出てきます。
      そこで普段の稽古中にはなかなか先生にお伺いすることも出来ないですし、お正月休みにも入りますので、今年最後の兵庫県立文化体育館での稽古前に少しでも教えてもらおうと思い、同門の先輩方への本年のご挨拶も兼ねて子ども達の稽古が始まる前に向かいました。

      そこで琴地先生から私が指導させて頂いている道場の事で色々お話があり、なかなか門人が増えない事にかなり厳しく叱咤されました。
      今までも時折、「稽古生が増えるスピードが遅すぎる」「努力はしていないのか?」など言われてはいましたが・・・
      五十を過ぎてこんなに叱られる事もそうそう無い程に。
      先生は言うまでもなく非常に強い氣が体中から出ておられる人です。
      以前私が阪神間で道場を立ち上げましたが、稽古生が一人も集まらず数ヶ月で止めてしまった事があり、
      「あの時は本当にがっかりした!」「これは駄目や」「もうやって行く氣が無いものと思いその後は何も言わなかった」と
      私にとってはマイナスととれるお言葉と非常に強い氣が容赦なく襲ってきました。
      厳しい叱咤の連続にすっかり参ってしまい、すぐにでも道場を出て自宅に帰ろうかとも思いましたが折角来たので大人の稽古時間まで待って稽古に参加し先輩方に挨拶をして帰ることにしました。
      この日は日曜日ですので、15時から加古川道場での指導がありますので少し早めに道場を出て、加古川へ向かう電車の中で
      色々考えました。先生の強い氣をまともに受け心身共に疲れ果て、正直今から加古川で1時間の子ども達の指導とその後の1時間30分の大人の指導をする氣力も無くなりかけていましたが、でも今年最後の加古川道場の稽古です。稽古生には何ら関係ありません、子ども達にはささやかながらクリスマスプレゼントも用意しているし、今日で最後となる子どももいる。
      また、大人では統一体上級審査もしないといけない。ここは残り僅かの氣力を振り絞って無事に稽古を終えました。
      もうフラフラです。氣の欠乏症というものです。
      この先の道場、教室運営にも行き詰まりどうして良いか分からなくなり、等々合氣道までもが嫌になりどうでも良くなった。
      でもこのままではいけない。どうにかしなければ。でもどうして良いか分からない。
      こんな時は迷わず呼吸法をするしかない。いつも人には「困ったことがあったり、迷いごとがあれば何も考えず呼吸法をしなさい」と言っている自分が実行しなければ指導者失格です。
      合氣道に出会っていなかった以前の自分だと「もうこのような状態になれば夜寝る前にクヨクヨ考え一睡も出来ず朝になる」のでしょうけど、やっぱりこの呼吸法は凄いですよ!ひたすら坐って1時間30分ほど何も考えずに呼吸法をしました。
      色々脳裏に浮かんできますが「とにかく放っておく。相手にしない」その後寝て10分ほど呼吸法をしていたら寝てしまい氣が付いたら翌朝でした。
      但し、まだ何も良い方法は浮かんできません。当分の間、毎日腰を据えて坐ることにしました。
      翌日の22日は琴心館稽古納めですが、当日の朝「とても行く氣にはなれないな」「合氣道って何なん?」「どうでも良いわ」と思っているところへこの日は仕事で稽古に来れない筈の心優しき道友から「今日は稽古いくで〜」とのメールが。
      それならと「最後の琴心館での合氣道の稽古になることも覚悟で」本部道場へ向いました。
      今思えば天地が導いてくれたと思っています。何故なら心優しき道友はこの出来事を知らない。
      稽古後、道友に話を聞いてもらい「今すぐ如何にかなる事でもないやん。5年後、10年後をしっかり見据えていたら良い」
      「無理したらあかんで。楽しんでやれ!合氣道辞めんといてくれよ!寂しいやないか!」と勇氣付けられました。
      「本当にありがとう!無理しないで心に余裕を持って楽しみながらするわ」
      普段からお互いに「二段なら二段の三段なら三段の誰が見ても段位なりの立派な有段者になろう」「上達すればするほど人には優しい武道家になろう」と言い合え心の通じる大切な尊敬できる道友です。
      家に帰ると家族からは「プラスの人間になれ」「この張り紙読んでみろ!」と励まされました。
      うちの家には「プラスの人間になる」と張り紙をしているんです。

      22日から毎日2時間位、徹底して呼吸法をしていますと、少し心に余裕が出てきました。
      道友の言うとおり5年後、10年後、いやもっと先を見よう。
      合氣道は誰の為にやっているのでは無い。自分の為にやっている。人に教えることも先生のためにやっているのでは無い。
      全ては自分のためにやっている。私たちの師である藤平光一先生の教科書「氣と生活」には「人に教えるという事は人の為にやるんじゃない。自分の為にやるんだ。人のためにやっているなどと思うから人に見返りを求め、自分の期待通りにいかないと人のせいにして腹が立ったりしてしまうんだ。人に親切に教えてあげて人から感謝されたら一番徳をするのは自分でないか。善因善果、良い事は良い事が。悪因悪果、悪い事は悪い事が全て自分にかえってくる。」

      自分のすべき事は、この素晴しい統一体、呼吸法、気圧手当てなどを含めたこの合氣道を後世の人たちに伝えて行くことなんです。ただ師匠の教えを継承していくだけの事です。
      そして又、私のように後世の人たちに伝えてくれる人と巡り合うまで残された人生、一生かけて続けること。
      本当はもうすでに天地が「その巡り合うべき人」を決めてくれているんじゃないか?と思います。
      まだ会わせていただけないだけで。でもその気持を持ち続けて止まらず進んで行くと必ず「その巡り合うべき人」に出会えると信じています。
      だから何も焦る事など無いんです。ゆっくりで良いんです。先生に何を言われようと。自分のペースで楽しみながら。
      何故なら失敗しても「誰も責任など取ってくれないから」いくら「スピードが遅いといわれようと、もし取り返しのつかないような大失敗などしたら、それこそ合氣道どころでは無くなってしまう」「家族の生活が最優先です」
      なので余力を持ちながら一歩、一歩確実に歩んでいきます!全ては自分の責任で!
      その結果として以前、このブログで書いた師への恩の通り、演武大会に私の弟子を50人、100人引き連れて行くことが出来る。強く念じた事は実現するのですから。必ず。

      斉藤和義の曲で「ウサギとカメ」という曲があります。
      ”結局最後はどっちが勝ったんだったけな?柔らかい胸の中で聞いたウサギとカメ。氣がつきゃもう夕暮れ今日もあっというまで。わかっちゃいるのに今日もいつかと同じ。”


      元々、自分は決して自慢できることではありませんが何をしてもスロースターターなんです。
      一氣にドン!といく様な事はあまり得意じゃない。「カメなんです」。
      サーフィンもそうでした。中学の同級生たちが16〜17才位からみんなサーフィンを始めました。
      自分はそれほど興味はありませんでしたが、毎週土曜日になるとみんな海へ行ってしまうので、遊ぶ友達が週末はいない。
      同級生からも「一緒にやろうぜ!」と勧められ19才位で始めました。同級生の中では一番遅かったので当然の事ながら、
      一番ヘタッピーでした(笑い)。みんなは気持よさそうに波に乗っているのに自分は波にぐちゃぐちゃに揉まれるばかりで、
      時には上級者のサーファーから「あがれ!このカメ!」(サーファーの間では当時下手くそやビギナーの事をカメと呼んでいました)とか時折言われたりもしました。海に入っている間は「全然面白くなかった」でも辞めなかった。
      それは「海への行き帰りの車の中でみんなといるのが楽しかったから」ほんとにただそれだけでした。
      そんな状況が、7年位続きました。もしかしたら10年位続いたかもしれない。ほんとに。
      海は常に動いてますし、波に二人で乗るわけにはいかないので、合氣道のように手取り足取り教えてもらうことが出来ません。
      全て自分の身体で覚えるしかない。
      転機がやってきたのは四国の尾崎ビーチというところでサーフィンしていたところ、いつものように全然乗れないで、波に巻かれて巻かれてヘトヘトで海から上がってきたところに全然知らない一人の男の人が立っていました。その人が「君、サーフィン楽しいか?」と聞いてきて「えっ!」と黙っていると、その人がタウンアンドカントリーの240cm位のノーズライダー(当時はタンカーとも呼んでいた長めのノーズが丸いサーフボード)を私に手渡し、「これ貸してあげるから1時間ほど海入ってきてみ?」言われるがまま、その人のボードを借りて入っていきました。自分が使っているボードとは違いパドリング(腹ばいになって両手で漕ぐ)が非常に楽で、2本〜3本位テイクオフ(波を捕らえボードの上に立ち上がること)出来ました!
      海から上がるとその人が「乗れてたやん!」「どうや?楽しかったやろ!」「サーフィンは乗れないと楽しくないで」
      「なんて優しい人なんだろ」大阪のスペシャルズというサーフショップのオーナーの方でした。
      その後、バリで知り合ったシェーパー(ボードを作る人)に同じようなサーフボードを作ってもらい、その頃からサーフィンが楽しくなりました。乗れるから楽しい、楽しいからまた乗る。見る見るうちに上達し、氣が付くと同級生はみんなサーフィンを辞めていました。
      あれから33年ほど経ちましたが、今でも現役のサーファーです。
      ただ一つ、言える事は同級生たちより波に乗った数が違います。年数が違います。サーフィンの奥の深さは同級生の誰より知っています。時には海でサメに出くわしたり、大波に揉まれて死にそうになったり、海はいろんな事を教えてくれました。後に知り合った素晴らしいサーフィン仲間達とは「いろんな所を旅し、波を分かち合う素晴らしさ」を知りました。
      これも続けてきたからこそですよね。
      だから合氣道も「カメで良いんです」
      ご縁を大切にして「巡り合うべき人に巡り合うまで」続けること。
      私は師匠から教わった全てのことをご縁のある後世の人に伝えていきたい。ひたすらにただそれだけ。
      夢は「自分の道場が持てるようになりたい事です」今はその為の土台作りなんです。年数をかけてしっかりした土台を作っておけば将来、素晴らしい道場が出来ると思っています。私の代でなくても「巡り合うべき人」が成功できたらそれで良い。
      自分は天地に生かされている。みんな生きている人は何かの使命を持って天地に生かされている。
      天地に必要とされるから。必要が無くなればこの世から居なくなるんです。生きているということはそういう事。
      わたしの使命はこの素晴らしい合氣道を継承していく事。

      27日の合同稽古が終われば私の道場もお正月休みに入ります。
      この稽古が終わった時から1月7日の琴心館本部道場での朝稽古が始まる前まで「合氣道の事は全て忘れてやる」
      「綺麗さっぱり忘れてやる」もし人に合氣道の話をされたら「フッと上空に息を吹いて跳ね飛ばしその瞬間他の事を考えてやる」「私の合氣道に関わる全ての事を綺麗さっぱり忘れてやる」事に決めました。
      今年最後の淨行寺道場での子ども達には休みの間「一日一回は臍下の一点を考えなさい」と指導しました、私がこれをやらないと子ども達との約束を破ることにもなりますし、呼吸法と臍下の一点は365日止める訳にはいきません。
      あと、日課の起床後のトイレでの中村天風の「我らの誓い」と「心身統一の四大原則」の暗唱は続けます。
      それ以外は「どこかへ行け〜」
      これも心を切り替える大切な稽古です。
      しばらくの間、心をクリアにしてまた来年「カメとなって一歩一歩進んでいきます」
       
      category:合氣道 | by:道場長 | - | -

      スポンサーサイト

      2019.05.15 Wednesday 19:21
      0
        category:- | by:スポンサードリンク | - | -

        PR
        Calender
         123456
        78910111213
        14151617181920
        21222324252627
        28293031   
        << July 2019 >>
        無料体験できます
        お申込み、お問い合わせは合氣道琴心館寺崎道場 お問い合わせまで。
        Selected entry
        Category
        Archives
        Recommend
        Recommend
        Recommend
        Recommend
        Recommend
        Recommend
        Link
        Profile
        Search
        Others
        Mobile
        qrcode
        Powered
        無料ブログ作成サービス JUGEM